油山市民の森・自然観察の森

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施設の紹介

油山十六景

正覚寺の雪舟の庭のほとりにある十六羅漢にちなんで、油山の全山に十六景がつくられ、昭和の初期頃福岡市によって、一番から十六番まで順番に回れるようにハイキングコースが整備されました。

1.六地蔵

寛文12年(1672)疫病が流行したとき供養のために建立された供養塔で、六体の地蔵を祭っています。大乗妙典一宇一石の塔も同時に建てられました。

2.坊住跡

東・西油山に、泉福寺・天福寺を中心に七百二十坊が建立されていた頃の屋敷跡。正覚寺参道左側に石垣が残っています。

3.鎮西国師学寮跡

鎮西国師は筑前国香月の庄の出身で、学徳兼備の聖であり、師が建久2年(1191)に来山し、学問所を建てた跡といわれています。その跡に浄土宗関係者の合力で、記念碑が建てられています。

4.新羅式石門

黒田忠之公建立の桜門跡に、明治23年(1890)古代朝鮮から渡来した石門造の技法で建立されています。 一人の修行僧が精魂こめて造ったもので、本来は三層の屋根が二層になっているのは、建造中の修行僧が力尽きて一層だけ省略した結果といわれています。

5.光ヶ滝

正覚寺の奥の院といわれ、油山観音から約300m谷川沿に登ったところにあり、田島の土手から見たとき、滝がきらきら光っていたところから名付けられました。

水量は少ないけれど、白糸のような滝の水が岩面を這うように流れ、信者がこの滝にうたれて修行する静浄な霊域です。滝の中央に不動明王の像が安置されています。

6.油谷

光ヶ滝より峠を越えた東側で、青年の家跡地の丁度真上あたりです。600m~700mほど椿が群生し、その実を絞って清賀上人が油山と名付けられたと伝えられています。

今でも椿が群生しており、その中に4mほどの滝があって、その滝が油谷の拠点となっていましたが、昭和38年の水害で崩れて無くなってしまいました。

7.浩然台

福岡市の市街地が眼下に一望され、油山登山の際、休憩するのに絶好の岩場でありましたが、近年樹木が成長し、展望ができなくなりました。昔は松が生えていて、観月の宴も開かれました。

8.妙見岩

昔、北辰妙見大菩薩がまつられていたところで、龍樹権現の上宮と称されていますが、今は大岩のみが残っています。 干ばつのとき、焚火をたき、太鼓をたたいて、雨乞いをした場所です。

9.国見岩

妙見岩から300m南の尾根伝いにある二段重ねの岩で、筑前の国(朝倉から遠賀まで)が見渡せるということで、この名が付けられたといいます。

黒田公が城下の配置を眺めたといわれ、市街地が一望され、眺望絶佳の場所です。

10.姫ヶ淵

市民の森の吊橋の基点の所です。油山は黒田藩代々の御狩場で、何代目かの藩主がお姫様同伴でおいでになったとき、姫の籠を降ろしたところが、丁度淵に突き出していた岩の上だったので、姫は蒼くなって驚かれ、その跡地を姫ヶ淵と言い伝えています。

11.夫婦岩

市民の森夫婦石展望台のすぐ北側です。

二つの大岩が仲良く相対しているところから名付けられました。

展望台は、市民の森建設途中の昭和43年、皇太子ご夫妻が立ち寄られましたので、これを記念して建設されたもので、宝満山から立花山にかけての連山を背景に、市街地・博多湾・玄海国定公園が一望できます。

12.山笠岩

市民の森キャンプ場を流れる谷川の上約500mにあります。形がとても優美で、山笠にしたらよいだろうということで名付けられました。

又、博多の庭師が山笠岩の姿をみて、庭をこしらえたともいいます。岩盤上を渓流が流下して、真夏に涼を求めるのには絶好の場所です。

13.白波の滝

水の森の中にあります。市民の森の中を流れる三つの渓流が1ヶ所に集まり、滝の水が岩場を白く噛んで飛び散っていうところから名付けられました。付近には、四阿・休憩場所等があり、夏期に涼を求める絶好の場所です。

14.天狗岩

水の森白波の滝から下流約100mの左側で国有林の中です。絶壁が聳立して奇観をなし、天狗でなければ登れない岩だということからこの名がつきました。

15.道徳の森

道徳坊が修行したところといわれていますが、はっきりした場所はわかりません。

16.夫婦滝

夫婦岩浄水場の東側、花畑園芸公園内の池の下にありますが、現在は水路改修が終了し水は流れておりません。

 

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